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彼は、自分の中にもう一人誰かがいました。それを独り遊びだとか、独り言だとか、言うのかもしれません。でも、間違いなく、彼の中には彼の友達がいたのです。寂しさのあまり生まれた・・・彼の存在だったのかもしれません。 彼の記憶は、2歳半の時迄、記憶しているのです。その時住んでいた家の構造、出来事・・・。 それだけ、印象的な毎日だったのかもしれません。それと同時に忘れてはいけないと、彼の何かがそうさせたのかもしれません。 そんなある日、いつものように彼は、もう独りの彼と遊んでいました。 「ダメだよ、そのオモチャは・・・」 「イインダヨ、コワサナイカラ」 「じゃぁ、僕は自転車に乗って遊ぶ・・・」 「ソレハイイネッ、オイラモイッショニイクヨ」 「じぁ、二人で自転車にのろうよ・・・」 そう言うと、玄関脇に置いてある、三輪車へと向かいました。玄関を出ると母が、木箱を崩してお風呂を沸かす牧を作っていました。彼の家は五右衛門風呂でした。そんな母を見ながら、二人は、三輪車に乗りました。母が、 「気をつけてねっ」 というのを聞いているのか聞いてないのか、三輪車を乗りまわします。母の回りをグルグルと・・・。 母の何気ない、誰でも言うような言葉でしたが、実は深い意味がありました。彼は、三輪車の運転はうまい方だったかもしれません。でも、いつも、ペダルとペダルのつけねの間にいつも、足を挟まれるのでした。そして、この時も例外ではなく、足のかかとを挟まれました。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」 物凄い叫び声でした。慌てて母が掛けより足を外そうとしますが、外そうとすると痛がるせいもあり、強引にも引き抜けません。そうこうしている間に寝ていた父が、彼の叫び声に起きて、すごい形相で彼に掛けよって来ました。あまりの形相と展開に彼の足はスッポリ抜けてしまいました。そして、彼はビックリし過ぎて泣くのすら忘れてしまっていました。父は母に怒鳴り散らします。 「なんで、ちゃんと見てないんだっ」 「何時も気をつけろって言ってるだろう」 「・・・」 いつもの喧嘩がはじまります。喧嘩の原因なんて、なんでもいいのです。その喧嘩を最後に彼の家族はバラバラになりました。父は彼の兄達と・・・彼は母と母の兄の家に一緒に住む事になりました。 時は過ぎ、彼が小学校2年生の頃、父親参観日がありました。今では父親・・・なんて参観日すらないそうですが・・・。彼は、別に悲しくもなかったのです。なぜか、母が来るのが恥ずかしいとか、なにも感じませんでした。彼にとっては、ごく当たり前だったのです。そして、その参観日、凧を作って上げるという事になっていました。凧の帆は、前もって図工の時間に和紙に絵を書いた物です。 先生が一枚づつ取りに来るようにいいます。まず、ドラえもんの絵でした。沢山の風船につかまりカラスがその風船を割ろうと飛んでいる絵です。父達は声を合わせて、 「うまいねぇ」 とみんな顔を見合わせました。その様子を見て、誇らしげに絵を取りに行く彼の姿がありました。 「どうだい、僕の書いた絵は!!」 「ソレハ、オイラガ、アドバイスシタカラジャナイカ」 「どんないいアドバイスがあっても、書けなきゃぁいっしょさっ」 「マァ、コンカイハ、ソウイウコトニシトイテヤルヨ」 彼は彼と話しながら、その自慢の絵を取りに行きます。その絵を先生から受け取り、振り向きざまに、彼の母に向けてピースサインをしました。母は照れ笑いを浮かべながら、ピースサインを彼に送り返します。そして、絵が、全員の生徒の手に渡り終え、さっそく凧作りが始まりました。出来た順に校庭ないし裏の浜辺で上げるようになっていました。 ここぞとばかりに父親達は腕をふるいます。そんな中もちろん、母親と作っている彼の凧はなかなか出来あがりません。次々にお父さんと子供達が出来あがった凧を片手に、教室を出て行きます。 あせる母と一生懸命な彼の姿がありました。 彼の凧が出来たと同時ぐらいに時間切れになりました・・・。結局、彼は出来た凧を父親参観が終わった後、母親と校庭で上げましたが、バランスが悪いらしく、上がる事はありませんでした・・・。 それから、2週間ほどしたある日曜日、母親がなにか買って来ました。凧づくりの教材です。負けず嫌いな母親は凧が上がらなかったのが悔しかったのか、彼に上げさせたかったのか・・・。こないだの凧の教材をどこからか買って来たのです。母と二人、もう一度凧作りに挑戦・・・。今度は時間がない為に帆には、母が筆で帆一杯に「龍」という字を書きました。そして、凧作りです。その間に彼は、その「龍」と書かれた字に金色で縁取りをしました。 「マタ、トバネェンジャネェカ?」 「うるさいよ、今度は大丈夫だよ」 「オイラガ、ツクッテヤロウカ?」 「今度は、大丈夫なの!!」 確信はありません。でも、彼の「大丈夫」という言葉が、なぜかしら本当に大丈夫かのように、彼は、微笑みながら話しました。 そして、凧は出来あがりました。 「コンドノタコノホウガ、カッコイイナッ」 「僕のドラえもんだって、カッコ良かったよっ」 そんな話しをしていると、 「さぁ、上げてみようか・・・」 母は、彼に言いました。二人は家の前の車一台分ぐらいの道で、凧を飛ばす準備をしました。凧の両端を母はしっかりと持ち、彼がそこから糸をクルクルッとゆるめながら、母から離れていきます。母から5メートルぐらい離れました。 「コンドハ、シクジルナッ」 「分かってる、大丈夫だっ」 そして彼は大きな声で、 「いくよっ」 そう言ったかと同時に彼は一直線に駆け出しました。駆け出したと同時に母は凧から手を離します。そして、凧は、空、高く高く上がりました。二人の顔はいつにもなく にこやかでした。 またまた時は過ぎ、彼がもう彼という言葉が似合うようになってから、以前一緒に住んでいた母の兄に会った時に、その当時の事を聞きました。、 当時、魚屋をしていた叔父は日曜日の父親参観日にいく予定だったそうです。しかし、急遽、お客さんの鉢盛りを頼まれ、行く事が出来なかった事を彼に詫びました・・・。 その話しを聞いて、彼はつくづくみなんに守られて育ったことを確信しました。確信したと同時に涙が溢れでてきました・・・。 家に帰った彼は、昔々の小学校のアルバムを広げてみました。確かにどの写真にも、彼の友達ないし、親戚の人や沢山の人が彼のそばで鮮やかに写っていました。その中の一枚を見た瞬間、また、彼は涙がとまらなくなりました。その写真は彼の4年生の写真で、叔父の娘さんの彼氏に肩車をされ、写っている彼の運動会の写真でした。そういえば、運動会とかも沢山の人が応援に来てくれていた事を彼は思い出したのです。そんな彼には関係のないような人まで、彼をやさしく見守ってくれていた・・・。 その写真を手に取り、彼は久しぶりに、話しかけてみました。そうもう独りの彼に・・・。 「俺は、お前と一緒に育ったんだったなっ」 「ヒサシブリダナッ、サミシカッタゼッ、オイラ」 「ごめんなっ、今からは又、二人だっ」 「ソアネガイタイモンダネッ」 彼は十数年振りに彼との再開をはたしました。そして、今迄のいろんな事を彼とサシで何時間も話し続けました。 寂しくなかった・・・と言えばウソになるのかもしれません。でも、本当に寂しくはなかったのです・・・。それは、彼の中に居る彼のお陰だったのかもしれません。その彼とも、いつしか話さなくなっていました。それが、彼にとっては大人になった瞬間だったのかもしれません。 学校から帰っても誰もいなく夜遅くにみんなが帰って来る迄、独りでした。今振り返ると寂しかったなぁと感じますが、その時は本当に楽しい毎日だったのです。 そして、そんなみんなに彼は本当に感謝しているし、なにより母親に感謝しているのです。 あの母親の息子でよかったと今、誇りに思います・・・。
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